世界の人から聞かれることは、「とんちの一休さんって実在するの?」と質問を受けます。

私は、「ええ実在しましたよ。歴史上の人物ですよ」と言いますと、かなり驚かれます。

これは昔、「一休さん」がアニメ化されて、日本の子供たちだけではなく、世界的に広まったため、日本の僧侶の知名度で最も高いのが「一休さん」なのです。

ただ、アニメ一休さんはほとんど創作ですと説明すると逆にがっかりもされます。そもそも、足利義満が将軍職を退いたずっと後に、一休さんとは会っているようです。

ここで一休さんのことを説明すると母親は南朝の公家で藤原氏の流れを汲んでいるようです。ただ、南北合一が成立し、南朝から天皇が立つことがなくなり、身の危険もあり、史実「一休さん」は僧侶になったというのが本当です。

では、実際、金閣寺(当時:舎利殿、お釈迦様の遺骨を安置するための建物)で、将軍・足利義満と会見し、屏風の虎退治をしていたかというと、それは江戸時代の説話で成立した話でつくり話です。そもそも金閣寺は、将軍職を自分の息子・義持に譲った後につくられているものですから、アニメの一休さんは江戸時代に成立した説話を子供向けにアレンジしたものでありますが、全世界から愛された僧侶ということで名は残しました。

そして本当の義満ですが、金閣寺建立をした本当の目的は、仏法に基づく、北朝と南朝を一つにして泰平の世の中をつくりあげ、黄金の御殿をたて、現し世に極楽浄土を築き上げるというのが願いであったはずです。

武家としては征夷大将軍、公家としては太政大臣、いずれも公武の位では最高位です。自分のもうひとり息子である足利義嗣を大変かわいがり、天皇への就任をも狙っていたとも言われています。

ちなみに、義満は出家しますが、その名は、道義でした。

最近の学説では、義満は、寺院での最高位をも狙っていたとも言われています。

しかし、私たちの心にあるのは、史実の「一休禅師」よりも「一休さん」だと言っても良いですし、このあたりは厳密に史実と創作を区分けしなくても良いと思います。