「お盆って仏教だよね」

そう聞かれることは多いのですが、これは日本古来の祖霊信仰と仏教思想が融合したものです。

何故、日本は、仏教と神道が融合をうまく果たし、お互いに共存できたのかという問いがあるのですが、理由はどちらも排除的な考えでは無かったというのが結論です。

たとえば、奈良時代に考えられた「神仏習合」は、神と仏を同体と見て一緒に祀るものですが、江戸時代までは寺院・神社が同じ場所に存在したケースがあります。

これが発展して、本地垂迹説という考え方が生まれ、「神様」は本当は「仏」ですが、日本では「神様」として存在していますという考え方です。これでうまく両者が共存したように見えたのですが、今度は「神様」側から異議申し立てがありました。

鎌倉時代には、いやいやそうではないんです。実は、「神様」が主人公で、「仏」が「神様」の化身なんです。という反本地垂迹説という考え方が生まれます。

これ学校の試験に必ず出ますから覚えて下さいね。この論争はしばらく続きますが、どちらが正しいかという視点については、関心はありませんが、いずれにしても仏教と神道がうまく共存できた1つの証拠として考えてもいいでしょう。

そしてそれは、明治維新後に行なわれる廃仏毀釈まで寺院と神社の共存関係は続きます。

ここで最初のお盆の話ですが、お盆はもともと日本に存在していました。恐らく、8世紀頃には日本各地に8月中旬頃に祖霊崇拝を行う習慣が成立していましたが、これは日本独特の習慣ではなく、広くアジア各地に伝播したものです。

日本としてはお盆で、中国や朝鮮半島では中秋節として残っていますがおおもとは同じでしょう。

ただし、日本の場合、うまく仏教との融合を果たし、お盆には祖霊があの世から帰ってくるという信仰とその御霊を崇拝するための、お経を唱える仏教との関係が非常にマッチして、現在のお盆が成立したのです。